生活保護制度における自動車の所有は、多くの受給者にとって切実な問題です。現代社会では自動車が生活必需品となっている地域も多く、特に地方では公共交通機関が限られているため、車なしでは日常生活に大きな支障をきたします。しかし、生活保護制度では「補足性の原理」に基づき、原則として自動車の保有は認められていません。
ただし、2024年12月25日の厚生労働省による制度改正により、自動車の利用制限が大幅に緩和され、障害者や交通困難地域の住民にとってより現実的な運用が可能になりました。この改正は、津地方裁判所の判決や日本弁護士連合会からの意見書を受けたもので、生活保護法本来の目的である「自立助長」をより重視した内容となっています。自動車保有の条件や最新の制度変更について正しく理解することで、適切な申請や利用が可能になります。

生活保護受給中に車を所有できる条件とは?原則禁止の理由も解説
生活保護制度では、原則として自動車の保有は認められていません。これは生活保護法の根幹をなす「補足性の原理」に基づくもので、利用できる資産や能力をすべて最低限度の生活維持のために活用することが求められているためです。
自動車保有が原則禁止される理由は主に4つあります。まず、自動車は資産とみなされるため、売却すればまとまった金銭を得られると考えられています。生活保護制度では、まず自身の資産を活用してから保護を受けることが前提となっているのです。
次に、保護費からのローン返済が認められないことが挙げられます。生活保護費を借金の返済に充てることは禁じられており、自動車ローンが残っている場合は原則として完済していることが保有の前提となります。これは、生活保護費で資産形成を目的としたローン返済を認めることが制度の趣旨から外れるとされているためです。
第三の理由は維持費の問題です。自動車の保有には、ガソリン代、各種税金(自動車税、軽自動車税、自動車重量税)、車検費用、保険料、駐車場代など継続的な維持費が必要で、これらは生活扶助費に含まれておらず、最低限度の生活費を圧迫する可能性があります。
最後に、賠償能力がないことも理由の一つです。万が一交通事故を起こした場合、生活保護受給者には多額の賠償責任を負う能力がないと判断され、自動車の運転行為そのものも原則として認められていません。
しかし、これらの原則には重要な例外があります。自動車が生活に不可欠な場合や自立助長に資すると認められる場合には、例外的に保有が許可されることがあります。主な例外ケースには、障害者の通勤用自動車、公共交通機関の利用が著しく困難な地域での通勤用自動車、深夜勤務者の通勤用自動車、障害者の通院・通所・通学用自動車、事業用品としての自動車などがあります。
2024年12月制度改正で何が変わった?生活保護の車利用制限緩和の詳細
2024年12月25日、厚生労働省は「生活保護問答集について」の一部改正に関する事務連絡を発出し、自動車の利用制限を大幅に緩和しました。この改正は、生活保護における自動車利用の歴史的転換点といえる重要な変更です。
従来の制度では、保有を容認された自動車であっても、その利用は通勤や通院など許可された目的に厳しく限定されていました。買い物やレジャーなどの私的な利用は原則禁止され、ケースワーカーによる運行記録の提出義務付けや、利用実態の厳格なチェックが行われることもありました。この厳格な運用は、特に地方在住者にとって生活の大きな「壁」となっていました。
しかし、津地方裁判所の2024年3月21日の判決では、保有容認目的以外の利用を制限した指示に違反したとして行われた保護停止処分が「相当性を欠くものであり、違法である」として取り消されました。この判決は、日常生活に必要な買い物等での自動車利用が自立した生活を送ることに資するものであると明言しています。
このような司法判断や日本弁護士連合会からの意見書を受け、今回の制度改正が実現しました。主な変更点は3つあります。
まず、日常生活での利用の原則容認です。障害者の通勤や通院等のために保有が認められた自動車、および公共交通機関の利用が著しく困難な地域に居住する者が通勤や通院等のために保有が認められた自動車について、日常生活に不可欠な買い物等での利用が原則として認められるようになりました。
次に、「適切な指導」要求の撤回があります。2022年5月10日に出されていた、保有容認目的にのみ利用を限定するよう自治体に求める事務連絡が撤回され、従来の厳格な利用制限が緩和されました。
最後に、運行記録票提出の必要性の低下です。利用制限が緩和されたことにより、詳細な利用状況を調査する必要性も薄れ、運行記録票の提出を求めることは原則として不要となりました。
この改正により、自動車の利用が行政から「まるで罪であるかのような取り扱い」をされるといった問題や、生活保護申請をためらう原因となっていた過去の悲しい事件の背景にあった厳しすぎる運用が是正されることになります。
通勤・通院・通学での車保有が認められるケースと必要な手続き
生活保護受給中でも、通勤・通院・通学を目的とした自動車保有は、一定の条件を満たせば認められます。それぞれのケースについて詳しく見ていきましょう。
通勤用自動車の保有では、現に就労している者が以下のいずれかに該当し、かつ自動車以外の通勤方法が全くないか極めて困難であり、その保有が社会的に適当と認められる場合に容認されます。まず、障害者が自動車により通勤する場合は、公共交通機関の利用困難性や普及率に関する条件は求められません。次に、公共交通機関の利用が著しく困難な地域に居住する者や勤務先がある者の場合、駅やバス停までの所要時間、1日あたりの運行本数、当該地域の低所得者の通勤実態等を総合的に判断します。深夜勤務等の業務に従事している者については、公共交通機関が運行していないことが理由となります。
これらの場合、追加条件として世帯状況からみて自動車による通勤がやむを得ず自立助長に役立つこと、当該地域での自動車普及率との均衡、処分価値が小さいこと、勤務による収入が維持費を上回る見込みがあることが求められます。
通院・通所・通学用自動車の保有については、障害者や公共交通機関の利用が著しく困難な地域に居住する者が対象となります。重要な条件として、障害者の通院等のために定期的に自動車が利用されることが明らかな場合であることが挙げられます。ここでの「定期的」とは、通院回数や頻度が多いことだけでなく、頻度が少ない場合でも定期的な通院の必要性があれば要件を満たします。
また、当該者の障害状況により利用し得る公共交通機関が全くないか利用が著しく困難であり、他法他施策による送迎サービスや扶養義務者等による送迎の活用が困難であることも条件です。精神障害の場合、パニック障害などで公共交通機関の利用が難しい場合も認められるケースがあり、医師の証明があれば福祉事務所との相談で保有が認められる可能性が高まります。
自動車の仕様についても条件があり、処分価値が小さく、通院等に必要最小限のもの(排気量がおおむね2,000cc以下)であることが求められます。維持費については、ガソリン代を除く維持費が他からの援助や他施策の活用等により確実に賄われる見通しが必要で、障害者加算の範囲内で維持費が賄われる場合はこの要件を満たすとされています。
申請手続きにおいては、まず福祉事務所のケースワーカーに詳細な事情説明を行い、自動車が必要な具体的理由を第三者が納得できる客観的事実に基づいて説明することが重要です。申立書の提出も効果的で、生活保護問題対策全国会議などがテンプレートを公開しています。
車の維持費はどうする?生活保護受給中の自動車維持費捻出方法
生活保護受給中の自動車維持費は、原則として生活保護費から直接捻出することは困難とされています。しかし、適切な方法で維持費を賄う見通しがあることが保有容認の重要な要件となっています。
就労収入からの捻出が最も一般的な方法です。就労をしている場合、賃金の一部が収入認定から除外され、その金額を維持費に充てることができます。対象となる維持費には、ガソリン代、小破修理費、車検費用、自賠責保険・任意保険の保険料、自動車税が含まれます。ただし、任意保険料は対人・対物賠償に係るものに限定されており、車両保険などは対象外となります。
他からの援助・他施策の活用も認められています。親族からの援助については、維持費に充てることを特定したものに限られます。また、障害者加算(他人介護料を除く)を維持費に充てることも可能で、この場合は維持費捻出の要件を満たすとされています。
維持費の内訳を具体的に見ると、年間で相当な金額になります。軽自動車の場合でも、軽自動車税(年間10,800円)、自動車重量税(車検時に6,600円)、自賠責保険(2年で17,540円)、任意保険(年間3万円~6万円程度)、車検費用(2年に1回、5万円~8万円程度)、ガソリン代(月額5,000円~1万円程度)などがかかります。
任意保険加入の重要性も強調されています。生活保護受給者でなくても、任意保険に加入していなければあらゆる事故の損害賠償に対応することは不可能です。そのため、排気量125cc以下のオートバイの場合と同様に、任意保険加入を自動車保有の要件とすることで対応すれば足りるとの意見もあります。
維持費の捻出が困難な場合の対策として、日本弁護士連合会は最低限度といえる上限額の範囲内で生活保護の一時扶助として維持費を給付する制度を創設することを厚生労働省に求めています。これは、自動車が現代社会において生活必需品となっている現状を踏まえた提案です。
実際の申請時には、維持費をどのように賄うかについて具体的に説明することが重要です。給与収入から捻出する見込みがある場合は、収入見込額と維持費の内訳を詳細に提示し、親族からの援助や障害者加算を維持費に充てる場合もその旨を明記する必要があります。福祉事務所のケースワーカーとの相談において、現実的で継続可能な維持費捻出計画を示すことが保有容認につながります。
無断で車を持つとどうなる?生活保護の車保有申請プロセスと注意点
生活保護受給中に無断で自動車を保有・利用することは極めて危険で、不正受給とみなされ厳しい措置が取られる可能性があります。その深刻な結果と適切な申請プロセスについて詳しく解説します。
無断保有のリスクは非常に深刻です。まず、保護の停止・廃止処分を受ける可能性があります。福祉事務所は家庭訪問や自動車登録情報の照会などにより不正受給を発見することがほとんどで、虚偽の申告が発覚した場合、保護の停止または廃止処分を受けることになります。
次に、保護費の返還・罰則が科される場合があります。不正受給とみなされた場合、受給した保護費の返還が求められるだけでなく、生活保護法第85条に基づき、3年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられる可能性もあります。これは刑事罰であり、前科がつくことになります。
適切な申請プロセスでは、まず自動車の利用目的を明確にすることが重要です。「なんとなく便利だから」といった漠然とした理由ではなく、「保育園の送迎」「仕事で必須」「通院に必要」など、自動車が生活に不可欠である具体的な理由を示す必要があります。
ケースワーカーへの詳細説明では、自動車が必要な背景や具体的な状況を、第三者が納得できる客観的な事実に基づいて説明します。例えば、公共交通機関の運行本数(1日何本、最終便の時刻など)、駅・バス停までの距離と所要時間、利用時の身体的負担、タクシー利用時の高額な費用、事業への具体的な支障などを数値や証明書類とともに提示することが有効です。
早期の保護脱却見込みを伝えることも重要です。概ね6か月以内に就労などにより生活保護からの脱却が確実に見込まれる場合は、自動車の保有が認められる可能性が高まります。求職活動の状況、希望する職種、就労予定を証明する採用通知書など、具体的な計画を示すことが求められます。
申立書の活用も効果的です。口頭での説明では申請が通りにくい場合もあるため、自動車が必要な理由を書類にまとめた「申立書」を提出する方法が推奨されています。生活保護問題対策全国会議などがテンプレートを公開しており、書面での申請は指導指示の内容を明確にし、被保護者の権利保護を図る上で効果的です。
申請がなかなか通らない場合は、支援団体への相談も有効です。「生活保護支援ネットワーク」や「生活と健康を守る会」などの支援団体は、豊富な経験と知識を持っており、適切なアドバイスや同行支援を受けることができます。
重要なのは、事前の相談と正直な申告です。自動車が必要になった時点で、まずは福祉事務所に相談し、適切な手続きを踏むことが最も安全で確実な方法です。隠蔽や虚偽の申告は必ず発覚し、取り返しのつかない結果を招く可能性があるため、透明性を保った対応が不可欠です。









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