生活保護を受けている世帯で、長年使い続けてきたエアコンが夏の途中で壊れても、買い替え費用は公費から原則として支給されません。厚生労働省の運用マニュアルは、経年劣化による故障を「特別な事情」として扱わず、受給者自身がぎりぎりの生活費の中から購入資金を用意するしかないというのが制度上の建前になっています。行政書士の三木ひとみ氏が全国47都道府県の生活保護担当窓口へ1週間かけて電話で行った調査では、この扱いが自治体を問わずほぼ一律に運用されている実態が浮かび上がりました。この記事では、調査結果をもとに、生活保護のエアコン支給を巡る制度の仕組みと、自治体ごとの運用の違いを整理します。

経年劣化による故障は買い替え費用の対象外という原則
厚生労働省の生活保護制度運用マニュアルでは、エアコンを何年も使い続けた末に自然に壊れた場合の買い替え費用は、公費から支給しないと定められています。何年も愛用してきたエアコンがある夏に突然動かなくなったとしても、原則としてその修理・買い替え費用は生活保護制度からは出ません。
三木氏が全国の自治体へ問い合わせたところ、大半の窓口は「国から発出された通達に明記されており、例外はない」と、判で押したように同じ回答を返したといいます。現場の窓口は国が定めた一律のルールに厳格に縛られており、個別の事情をくみ取る余地はほとんど残されていません。
一方で、話を掘り下げていくと「本当は、国が広く例外を認めてくれればいいのですが」と本音を漏らす職員も一定数いました。東北地方のある県のベテラン非常勤職員は、調査の電話を切ろうとした瞬間にこう切り出したといいます。「お願いがあります。命を守ることが一番です。生活保護を受けていても借りられる、公的な貸付制度があることを、もっと世間に広く伝えていただけないでしょうか」。
この言葉は善意から出たものですが、貸付制度には大きな落とし穴があります。借りたお金は返さなければなりません。物価が高騰する中で食費すら切り詰めている困窮世帯に対し、最低限度の生活費から毎月の借金返済を強いることは、生活保護法60条が定める「自立の助長」という法の根本精神を揺るがしかねません。現場で働く善良な職員自身が、借金による購入こそが弱者を熱中症から救う最善策だと信じてしまっている構造が、この調査からは見えてきます。
エアコン支給の対象は家具什器費の中の限定的な枠
生活保護制度において、エアコン購入費は一般生活費ではなく、一時扶助の中の家具什器費という区分に入ります。国の制度で支給の対象になるのは、次の二つの要件を両方満たしたときに限られます。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 人の要件 | 熱中症予防が特に必要な高齢者・障害者・乳幼児などが世帯にいること |
| 場合の要件 | 保護開始時にエアコンを所有していない、長期入院・入所からの退院・退所で新たに一人暮らしを始める、災害で居住家屋が被災しエアコンを失った、犯罪被害やDVからの避難で転居し前住居のエアコンが使えない、のいずれか |
この二つの要件に該当し、かつ保護を開始してから初めて夏を迎える場合に限り、上限7万8000円の範囲内で公費からの支給が認められます。逆に言えば、すでに生活保護を何年も受給している世帯で、長年使ってきたエアコンが夏場に突然壊れるという、どの世帯にも起こり得るありふれたケースは、この支給要件からこぼれ落ちます。
35度を超える猛暑が連日記録されているにもかかわらず、「今年は悲痛な声や相談は本庁に届いていない」「要望や苦情はない」と答えた自治体職員が少なくなかったといいます。これは問題が存在しないことを意味するのではなく、声を上げられない人たちが静かに苦しんでいる可能性を示しています。
「受給者は図々しい」というイメージと現場が語る実態の落差
生活保護受給者に対しては「税金で暮らしているくせに権利ばかり主張する」といった見方が根強くあります。ところが今回の調査で浮かび上がった現場の実態は、そのイメージとは逆でした。当事者たちはわがままを言うどころか、声を上げることさえできずに、暑さに耐え忍んでいたのです。
「みんな我慢しているから」「税金で生かされているのだから」と受給者が沈黙を選ぶことで、行政側は「住民から直接の相談がそれほどないから問題ない」と判断し、国のマニュアルを粛々と執行してしまいます。その裏側で、生存権に関わる問題が静かに進行しているという構図です。
九州のある県の社会福祉課職員は、社会福祉協議会の貸付制度について、申請者が高齢すぎたり返済の原資がなかったりすれば審査で断られる現実を認め、その場合は生活保護制度として「手詰まり」になると率直に語りました。国が推奨する貸付という解決策すら審査で断られてしまった人は、暑い部屋の中で命の危機にさらされ続けることになります。
全国47都道府県への電話調査を行った三木ひとみ氏
この調査を主導したのは、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の三木ひとみ氏です。三木氏は官公庁への申請に係る不服申立ての代理権を持つ特定行政書士であり、ひとみ社労士事務所の社会保険労務士でもあります。これまでに全国で1万件を超える生活保護申請のサポートを行ってきた実績があり、著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)があります。
三木氏は1週間にわたり、全国47都道府県の庁舎にある生活保護管轄部署に直接電話をかけ、エアコン支給の実態を調査しました。厚生労働省が発出する事務連絡や生活保護手帳の規定を、各自治体がどう解釈し現場で運用しているかを克明にヒアリングし、問い合わせた日時や担当者名、印象的な発言をExcelに記録してデータベース化するという丹念な手法をとっています。
自治体の裁量による救済の工夫、近畿・四国の事例
法律の建前を維持しながらも、血の通った対応をしている自治体があることも、今回の調査から見えてきました。厚生労働省の通知にある「特別な事情」を柔軟に解釈し、臨機応変に救済を行っている自治体は少なくないようです。
一世帯に一台のエアコンがあれば足りるとされるのが制度の基本ですが、近畿地方のある市では、市議の協力のもと家族の生活実態を考慮し、二部屋ある寝室のそれぞれにエアコンを一時扶助で設置した事例がありました。
近畿地方の別の自治体では、「国は経年劣化や故障を特別な事情と認めない。それに背くことはできない」という原則を維持しながらも、支援開始以前から継続して受給している世帯のエアコン故障に対しては、「借金を例外として認めますからエアコンを設置しましょう」と積極的に働きかけていました。貸付の実施主体である社会福祉協議会と連携して迅速に貸付を決定し、一刻も早くエアコンを支給できるよう動いていたといいます。同じ通達が全国の都道府県に発出されているのに、これほど捉え方が異なるのかと、三木氏自身も感銘を受けたそうです。
四国地方のある自治体では、上限額ぎりぎりに収まる機種を申請させたうえで、性能向上のための費用や工事費を親族が援助して穴埋めすることを、福祉事務所が事実上容認するという処理が行われていました。また、某県のベテラン担当者は、故障による買い替えは認められないという建前を維持しつつ、エアコンの設置要件を満たせる別の理由での転居を提案し、転居先で新規にエアコン設置の対象として公費を支給する方法があることを明かしています。三木氏にとっても、これは目からうろこの発想だったといいます。
生活保護法9条の必要即応の原則が現場裁量のよりどころに
国が発出する事務連絡は、超えることのできない絶対の法律ではなく、あくまで運用の目安にすぎません。生活保護法9条には「必要即応の原則」が明記されています。現場のケースワーカーや福祉事務所の長がこの9条の精神に基づいて受給者の健康状態や気候の危険性を査定すれば、「特別の事情」を柔軟に解釈して公費を認定したり、実質的な救済措置を講じたりすることは十分に可能なはずです。
厚生労働省が示す「特別の事情」という基準は、本来、困窮者の訴えを拒む理屈として使われるべきものではなく、目の前の命を救うために現場へ与えられた裁量の幅として機能させるべきものだと言えます。ただし、こうした人道的な運用の情報共有は、各都道府県の間でほとんどできていないことも、今回の調査で明らかになりました。電話調査の最中には、多くの自治体職員から「他の都道府県ではどう対応しているのですか」「独自支援をしている自治体はどこですか」と、逆に質問を受ける場面が度々あったといいます。手探りの対応の中で、他県の取り組みを知りたいという現場の思いがにじんでいました。
生活福祉資金貸付制度は保証人なしだと年1.5%の利息がかかる
九州の職員が語った「手詰まり」の背景には、生活福祉資金貸付制度そのものが持つ、決して緩くはない審査基準があります。この制度は都道府県の社会福祉協議会を通じて、生活に困窮する世帯に無利子または低利子で資金を貸し付ける仕組みで、エアコンの購入費用もその対象に含まれます。
| 条件 | 利率 |
|---|---|
| 連帯保証人を立てる場合 | 無利子 |
| 連帯保証人を立てない場合 | 年1.5パーセント |
生活保護費という最低限度の生活を維持するための費用の中から、わずかであっても利息を含めた返済を続けなければならない構造は、自立の助長という法の根本精神を揺るがしかねません。加えて、社会福祉協議会が貸し付けている資金の連帯保証人になっている人や、借り入れの返済が終わっていない人は、そもそも新たな申し込みができません。現在も将来も収入の見込みがなく返済能力がないと判断される場合も、審査は通りません。年金収入のみで生活する高齢の受給者や、就労が難しい障害を抱えた受給者ほど、この返済能力の壁に阻まれやすい構造になっています。生活福祉資金貸付制度は給付ではなく貸付である以上、返済できる見込みのある人しか救えないという限界を、最初から抱えていると言えるでしょう。
エアコン購入費が家具什器費の対象になったのは2018年4月から
生活保護制度でエアコン購入費が一時扶助として認められるようになった歴史は、それほど古くありません。2018年4月1日から、エアコンの購入費用が家具什器費として支給対象に加わりました。それ以前は、生活保護受給世帯がエアコンを新規に設置する費用そのものが、原則として制度の対象外でした。
この2018年の制度改正は記録的な猛暑による熱中症被害の増加を受けて実現しましたが、想定されていたのはあくまで「保護開始時に持ち合わせがない場合」など限定的な場面にとどまりました。修理や買い替えは「既に持っているものを維持する行為」だと整理され、一時扶助の対象からは除外されたままです。生活保護の購入費支給によって設置されたエアコンであっても、数年後に故障すれば新たな購入・修理費用は原則として支給されないというのが、厚生労働省の一貫した見解になっています。生活保護支援団体はこの取り扱いの改善を求める要望書を繰り返し厚生労働省に提出していますが、抜本的な改善には至っていません。
夏季加算は制度化されておらず冬季加算との落差が続く
生活保護の扶助・加算制度には、大きな非対称があります。冬場の暖房費の増加に備える冬季加算は、地域の寒冷度に応じた段階が設けられ、制度として確立しています。一方、夏場の冷房費の増加に対応する夏季加算は、制度として存在していません。
| 加算 | 制度化の状況 |
|---|---|
| 冬季加算 | 地域の寒冷度に応じた段階があり制度化済み |
| 夏季加算 | 制度として存在しない |
この矛盾は以前から指摘されてきました。東京都府中市議会は2020年9月29日、「猛暑から生活保護利用者の命と健康を守るために、生活保護制度に夏季加算を新設すること」を政府および東京都に要望する意見書を可決しています。こうした声を受け、2025年度の生活保護基準額改定にあたっては、大幅な増額とあわせて夏季加算の創設を求める要望書が、複数の団体から厚生労働大臣宛てに提出されました。物価高騰とエネルギーコストの上昇が続く中、冷房にかかる電気代を賄う恒常的な加算制度を求める動きは今後も続くとみられます。
国会でも繰り返し問われるエアコン支給の格差
この問題は地方議会だけでなく、国会でも度々取り上げられています。2024年11月11日には「政府がすべての生活保護世帯にエアコン購入・修理費用の支給を行っていないことに関する質問主意書」が提出され、故障・老朽化したエアコンの買い替え費用が原則として支給されない現行制度の妥当性について、政府の見解が問われました。
さらに、記録的な猛暑による熱中症死亡事例の増加を背景に、「生活保護受給世帯及び低所得世帯へのエアコン設置推進等に関する質問主意書」も提出されており、生活保護世帯に限らず、生活保護基準に近い低所得世帯全体を対象としたエアコン設置支援の必要性についても、国政の場で議論が広がっています。
厚生労働省側もこうした社会情勢の変化を無視しているわけではありません。2025年5月30日には、厚生労働省社会・援護局保護課から都道府県・市町村の生活保護担当課宛てに、最新の事務連絡が発出されました。制度の大枠自体は維持されているものの、猛暑が常態化する中で現場の運用指針を巡るやり取りは更新され続けています。三木氏が行った全国調査は、こうした更新され続ける通達と現場の解釈のばらつきの間に生じているギャップを、当事者に近い視点からあぶり出したものだと言えるでしょう。
熱中症死亡の57%が65歳以上、住居内での発症が最多
生活保護のエアコン支給問題を考えるうえで、実際にどれほどの人が熱中症で命を落としているかという統計は欠かせません。厚生労働省の人口動態統計によれば、熱中症による死亡数は5月から9月の期間だけで2000人を超え、年間では2000人台半ばに達しています。年齢区分別に見ると65歳以上の高齢者が全体の約57パーセントを占め、発生場所別では住居が全体の約38パーセントと最多です。熱中症による死亡は屋外での作業中や運動中に起きるというイメージとは異なり、自宅の中で静かに進行しているケースが最も多いことになります。
さらに深刻なのは内実です。自宅内で発見・発症した熱中症死亡例のうち、約8割はエアコンを使用していなかったことが確認されています。亡くなった人の多くは、それまで自立した生活を送っていた高齢者だったとされています。エアコンが設置されていない場合はもちろん、設置されていても電気代を気にして使用を控えていたケースも、この統計の背後には含まれているとみられます。こうした数字を踏まえると、経年劣化で故障したエアコンの買い替え費用が原則として支給されないという現行制度の建前は、単なる予算配分の問題にとどまらず、実際の死亡リスクに直結する制度上の欠陥である可能性が浮かび上がります。
受給世帯の54.9%が高齢者世帯、単身高齢世帯は51.3%
厚生労働省が公表している最新の被保護者調査によれば、生活保護を受給している世帯のうち、高齢者世帯が占める割合は54.9パーセントにのぼります。さらに内訳を見ると、受給世帯全体のうち51.3パーセントが単身高齢世帯であり、受給世帯の2件に1件が一人暮らしの高齢者だという実態が浮かび上がります。障害者・傷病者世帯が25.5パーセント、母子世帯が3.6パーセントと続き、現代の生活保護制度が、年金だけでは生活を維持できない高齢単身者のセーフティネットとして機能している側面が、統計の上からも裏付けられています。
この数字は、経年劣化によるエアコン故障は買い替え費用が支給されないという制度の壁と無関係ではありません。高齢の単身受給者の多くは、体力の衰えとともに新しい収入を得る手段が限られ、エアコンが故障した際に自力で買い替え費用を積み立てることが、若い世代以上に難しくなりがちです。熱中症による死亡例の約57パーセントが65歳以上の高齢者で、その多くが自宅内でエアコンを使わないまま発症しているという統計とも重なります。生活保護受給世帯の構成そのものが、エアコン支給制度の不備によって深刻な影響を受けやすい層と重なり合っているのです。
特別な事情に当てはまるか迷ったらまず相談することが重要
生活保護でエアコン購入費が支給されるかどうかは、世帯の状況や自治体の運用姿勢によって左右されます。保護開始時に持ち合わせがない場合、長期入院・入所からの退院・退所に伴う場合、災害による喪失の場合、犯罪被害等による転居の場合、そして世帯内に熱中症予防が特に必要な高齢者・障害者・乳幼児がいる場合、このいずれかに該当する可能性があるなら、自己判断で諦める前に担当のケースワーカーや福祉事務所に相談することが重要です。
同じ国の通達であっても、自治体や担当者によって運用の柔軟性には差があります。転居のタイミングを工夫したり、親族からの援助を組み合わせたり、社会福祉協議会の貸付制度と連携したりと、現場レベルではさまざまな救済の知恵が存在します。声を上げなければ、その知恵が本人に届くことはありません。
身近な家族の暮らしを振り返ってみることも大切です。故郷に暮らす親の年金額を、正確に把握しているでしょうか。長年、自営業や主婦として働き、現在の受給額が国民年金の基礎年金のみであれば、その額は毎月およそ6万円から7万円程度にとどまります。都市部や地方の生活保護の最低生活費の基準と照らし合わせると、この基礎年金額は最低限度の生活費を下回っており、いつでも生活保護を受給できる法的権利を有している可能性があります。高齢になり体力が衰えた親が、電気代を気にしてエアコンをつけず、故障した機器を買い替えられないまま孤独に困窮しているケースは、日本の至るところで起きています。社会制度の設計や生活保護に対する偏見のせいで、本来は保護を受けられるはずの高齢者が、申請しないまま困窮し続けているのが実情です。生活保護は一部の人のための特権ではなく、憲法が保障する権利です。身近な親族の暮らしに危機を感じるなら、最寄りの役所に相談に行くことをためらう必要はありません。








