障害福祉サービス事業所に対する自治体の運営指導は、2024年度に国が求める実施率33%を達成できた自治体が129のうち17県市にとどまり、全国平均は16.3%と目標の半分にも届いていません。同じ2024年度には、事業所による給付費の不正受給額が32億円を超え、5年間の累計では約80億円、行政処分の件数は936件に達しました。読売新聞が2026年7月に報じたこの実態は、事業所数が急増する一方で監督体制が追いつかない構造的な課題を浮き彫りにしています。新潟市は0%、神奈川県は0.3%、東京都は0.8%という数字も出ており、監視の空白が特定の自治体で常態化していることも判明しました。本記事は2026年7月5日を基準日として、運営指導という制度の仕組み、実施率が低迷する背景、不正受給の具体的な手口、大阪の絆ホールディングス事件など個別事例、そして2025年度以降に厚生労働省が打ち出している対応策までを順に整理します。

2024年度の運営指導は目標達成が129自治体中17県市どまりで全国平均16.3%
2024年度の運営指導実施率で、厚生労働省が求める年間33%以上の水準を達成したのは、指定権限を持つ都道府県と政令指定都市、中核市合わせて129自治体のうち17県市にとどまりました。読売新聞が2026年7月にまとめた資料によれば、実施率が最も高かったのは岐阜市の46.3%で、全自治体を平均すると16.3%と、目標の半分にも届かない水準にとどまっています。自治体ごとの実施率の全容がここまで具体的に示されたのは今回が初めてであり、単年度だけの一時的な落ち込みではなく構造的な課題であることが、政府統計や厚労省資料で繰り返し指摘されてきた全国平均16%台という数字とも符合します。
運営指導は、障害者総合支援法などに基づいて、自治体の担当者が半日から数日程度をかけ、事業所の資料確認やスタッフへの聴取を通じて、人員配置基準や報酬請求の実態を点検する制度です。もともとは「実地指導」と呼ばれていましたが、2022年度にオンライン会議ツールの活用が広がったことを受けて「運営指導」へと名称が変わり、必ずしも現地に赴かなくても点検できるように要件も整理されました。日常的な点検が目的である運営指導とは別に、法令違反や不正の疑いが強い場合には「監査」に移行し、指定取り消しなどのより重い処分へとつながる仕組みも並立しています。
厚労省は少なくとも3年に1度は管内の全事業所を点検できる体制を維持するよう自治体に求めてきました。単純計算で毎年3分の1、つまり33%以上の事業所を回る必要があるためです。しかし2024年度の実績を見ると、この目標を守れた自治体は全体の13%程度にすぎず、そもそも監督の入り口である運営指導が制度設計の想定どおりに動いていない状況が明らかになりました。
実施率が10%を切る自治体は24都府県市、新潟市はゼロで神奈川県も0.3%
実施率が10%を割り込んだ自治体は24都府県市にのぼり、その中でも新潟市はゼロ、神奈川県は0.3%、東京都は0.8%と、ほとんど運営指導が行われていない状態でした。読売新聞の取材に対して新潟市は、「不正の疑いが判明した事業所などへの対応を優先し、運営指導に手が回らなかった」と説明しています。目の前で発生している不正案件の火消しに人員を割かざるを得ず、その分だけ日常的な巡回指導が犠牲になるという、監督体制の余力のなさを示すコメントです。
とりわけ事業所数がもともと多い大都市部の自治体では、担当職員1人あたりが抱える事業所数が膨大になり、定期的な巡回が物理的に厳しくなっていると見られます。厚労省の担当者は「自治体には運営指導の確実な実施を求めたい」との立場を示していますが、掛け声だけでは、事業所の数が増え続ける速度に自治体の人員体制が追いつかないという根本原因は解消されません。
障害福祉サービス事業所は全国約17万8000施設、5年で約2割増加
実施率が上がらない最大の理由は、点検対象そのものが急速に膨らんでいることです。厚労省などによると、障害福祉サービス事業所は全国に約17万8000施設あり、この5年間で約2割増加しました。給付金目当てで新規参入する法人も少なくないとされ、事業所の裾野は急拡大しています。
事業所数の急増を後押ししているのが、サービス利用者そのものの伸びです。厚生労働省の資料では、障害福祉サービス等の利用者数は2015年4月時点の約101万人から、2023年2月時点で約164万人へと、1.6倍近くまで拡大しました。中でも障害児を対象とする放課後等デイサービスの利用者は、2015年の約11万人から2023年には約33万人へと、3倍近くまで急増しています。地域生活を支えるグループホームの利用者数も、同じ期間に約10万人から約17万人へと大きく伸びました。
この10年間で障害福祉サービス等の予算額の伸び率は年平均7.7%に達し、社会保障関係費全体の伸び率2.4%を大きく上回っています。2020年度から2024年度にかけても年間7.4~9.1%という高い伸び率が続いており、特に18歳未満の障害児利用者は同期間で58.0%、人数にして約20.4万人増えました。
需要そのものが急速に膨らめば、それを受け止める事業所が増えるのは自然な流れです。ただし参入のハードルが比較的低いうえに、利用者数や職員配置に応じて機械的に給付費が計算される仕組みは、悪意を持つ事業者にとって「数字を偽るほど収入が増える」構造にもなりやすい面を持っています。利用者と需要の急増、事業所の急増、そして自治体の監督体制の立ち遅れという三つが重なり合った結果が、運営指導の実施率低迷と不正受給の増加という形で表面化しています。
2024年度の不正受給は32億円超、5年間の累計は約80億円で処分件数は936件
運営指導の空白と歩調を合わせるように、2024年度の障害福祉サービス事業所による不正受給額は計32億円を超えました。共同通信が厚労省への情報公開請求で入手した集計では、2020年度から2024年度までの5年間の累計不正受給額は約80億円、行政処分の件数は936件に達しています。年度別に見ると、2020年度は約14.2億円だったのに対し、2024年度は約23.8億円まで膨らんでおり、集計方法の違いはあるものの、いずれのデータからも不正受給が右肩上がりで拡大している傾向が読み取れます。
サービス類型別の内訳では、5年間の合計で最も金額が大きかったのが放課後等デイサービスの約29.6億円、次いで就労継続支援B型が約10.9億円、グループホームが約9.9億円という順でした。子どもを対象とする放課後等デイサービスでの不正額が突出している点は、事業所数の急増と参入障壁の低さ、そして保護者側が運営実態を把握しにくい構造とも関わっていると考えられます。
不正が発覚したときの行政処分にはいくつかの段階があります。軽微な事案では改善を求める勧告にとどまり、悪質性が高いと判断されれば指定効力の全部または一部停止、さらに重ければ指定そのものを取り消す「指定取り消し」に至ります。指定取り消しになれば事業所はサービス提供を続けられず、利用者は別の事業所への切り替えを迫られます。5年間で936件という処分件数の重みは、こうした重い処分がまれな例外ではなく、常時発生し続けていることを意味しています。
職員配置の水増しから書類偽造、利用者の架空計上まで不正の手口は多様化
不正受給の手口はさまざまですが、共通しているのは「実態を偽って報酬を過大に請求する」という点です。まず職員配置の水増しがあります。放課後等デイサービスでは、児童10人に対して児童指導員や保育士を2人以上配置する基準がありますが、実際には人数を確保していないまま、基準を満たしているように装って報酬を請求する事例が複数確認されています。
次に書類の偽造が挙げられます。児童指導員の加配が実際には行われていないのに、加算要件を満たしているかのように出勤簿を改ざんしたり、資格要件を満たしていない職員について実務経験を水増しした虚偽の証明書を作成したりして、資格を偽装するケースがあります。
さらに利用者の架空計上も報告されています。実際にはサービスを提供していない児童について給付費を請求したり、利用していない児童があたかも利用していたかのように装って利用契約書を偽装したりする例です。
処分事例としては、京都府亀岡市の放課後等デイサービス事業者が職員配置に関する不正請求により最も重い指定取り消しを受けました。長野県のある事業者は、児童発達支援管理責任者や保育士を常勤で配置していないのに指定を受け、障害児通所給付費を請求していたことが判明し、指定取り消しに加えて約2億4600万円の返還請求と、詐欺の疑いでの刑事告訴という重い結末に至っています。岡山県玉野市の社会福祉法人「瀬戸内会」も、2015年から約6年にわたり実際には提供していない障害福祉サービスを提供したと偽り、玉野市や岡山市などから合計1億1590万円の給付費を不正に受給していたことが明らかになりました。不正受給が発覚した場合、給付費の返還に加えて4割相当額の加算金の支払いが求められ、悪質なケースでは刑事告訴に発展します。
大阪の絆ホールディングス事件は認定総額150億円、返還請求は110億7650万円
不正受給の深刻さを象徴する事案が、2026年に表面化した大阪の絆ホールディングス(絆HD)傘下事業所による事件です。大阪市は2026年3月27日、絆HD傘下の4事業所「リアン内本町」「レーヴ」「リベラーラ」「Mirrime」(ミライム)に対して指定取消処分を行い、返還請求額は110億7650万円に達しました。全国的な不正認定総額は約150億円にのぼるとされ、対象事業所は同年4月末までに閉鎖されています。
不正が認定されたのは「就労移行支援体制加算」と呼ばれる加算制度でした。この加算はもともと、就労継続支援A型やB型の利用者が実際に一般企業などへ就職し、地域での自立した就労に移行した実績を評価するために設けられた仕組みです。ところが絆HD傘下の事業所では、A型事業所の利用者をいったん自社のスタッフとして6か月以上雇用し、その後で再びA型事業所の利用者に戻すという操作を繰り返すことで、本来は一般就労への移行を評価するはずの加算を不正に得ていたとされます。
制度の趣旨とは正反対に、内部で人の出し入れを繰り返して加算だけを積み上げる、いわば抜け穴を突いた手口であり、単純な水増し請求とは異なる巧妙さを持っている点が特徴です。全国5年間の不正受給累計額が約80億円である一方で、この一件だけで認定総額が約150億円に達するという指摘もあり、大規模法人による組織的な不正が氷山の一角にとどまらない規模で行われていた可能性があります。厚労省が大規模法人を対象に書面検査を強化する方針を打ち出した背景には、こうした事案の存在があります。
関西福祉大学の谷口泰司教授は事業者数の制限も検討すべきと指摘
関西福祉大学の谷口泰司教授は、読売新聞の取材に対して「行政の定期的な運営指導がなければ事業者などへの監視が行き届かず、不正が放置されかねない」と警鐘を鳴らしました。そのうえで、「各自治体が3年に1度以上は指導できる体制を整備するため、事業者数の制限も検討すべきだ」と指摘しています。指導の頻度を上げるだけでなく、そもそも急増し続ける事業所数そのものに一定の歯止めをかける必要があるという意味です。
大規模法人に対する書面検査の導入は、限られた人員でより広範囲をカバーするための効率化策ですが、根本的な事業所数の急増に対応するには、指定基準の厳格化や参入時の審査強化といったより踏み込んだ制度設計が必要になる可能性があります。谷口教授の指摘は、事後的なチェックだけでなく、入り口段階での抑制も含めた総合的な議論が求められていることを示しています。
岡山県内では就労継続支援A型事業所11件が廃止、300人余りが解雇へ
不正受給問題と並行して、就労継続支援A型事業所を取り巻く経営環境そのものも大きく変わっています。岡山県内では、2024年度の報酬改定によって経営状況が悪い事業所への補助が減額される仕組みが導入されたことを受け、収益力の乏しい事業所が運営継続を断念する動きが相次ぎました。6月1日時点で県内11のA型事業所が廃止や規模縮小を決め、同月末までに300人余りが解雇される見通しとなっています。
給付費への依存度が高く、利用者に十分な賃金を支払えるだけの生産活動を確立できていなかった事業所ほど、この報酬改定の影響を強く受けたと見られます。不正受給を働いていたわけではない事業所にとっても、制度側の適正化圧力が経営継続を左右する時代に入っていることを示す出来事です。谷口教授が指摘する「事業所数への歯止め」は、報酬改定による淘汰の動きとも軌を一にしており、量の拡大から質の担保へと制度全体の重心が移りつつあります。
2025年度から書面検査を導入、2026年6月には新規事業所の基本報酬を引き下げ
厚労省は運営指導・監査の強化案をまとめ、2025年度から新しい枠組みでの運用に乗り出しています。対象は不正が相次いでいる就労継続支援A型・B型、グループホーム、児童発達支援、放課後等デイサービスの5事業類型で、引き続き3年に1回以上の実施を自治体に求めます。これに加えて、複数の都道府県にまたがって事業所を展開し、国が所管する大規模法人(2024年12月時点で約920法人)に対しては、新たに書面検査を導入することになりました。
書面検査は2年に1回のペースで年間500法人程度を対象とし、実地検査も年間60法人と従来の2倍の規模に拡大する方針です。特に100事業所以上を抱える大規模法人については、2年に1回の実地検査を行うこととされました。従来の訪問型運営指導だけに頼るのではなく書面確認を組み合わせることで、限られた人員でも広範囲をカバーできるようにする狙いがあります。あわせて、2025年度中に標準的な実施マニュアルを整備する方針も示されました。都道府県などが指定取り消しなどの行政処分を行う前に、厚労省へあらかじめ情報提供を行う仕組みも2025年度から運用が始まっており、悪質な事業者が別の自治体で再び指定を受ける「処分逃れ」を防ぐ狙いもうかがえます。
さらに厚生労働省は2026年6月に障害福祉サービスの報酬を臨時改定し、就労継続支援B型を含む4サービスについて、新規に開設する事業所に限り2026年度の基本報酬を引き下げる方針を固めました。既存事業所と新規開設事業所とで異なる報酬水準を適用することで、参入時点でのハードルを引き上げ、質の低い事業者の安易な新規参入を抑える狙いがあります。運営指導という事後的なチェックの強化と、報酬改定という入り口段階での抑制を組み合わせ、事業所の急増そのものに歯止めをかけようとする姿勢が読み取れます。
監視の空白と不正拡大は同時進行、書面検査と参入抑制の実効性が問われる局面
今回の実態を整理すると、まず障害福祉サービスへの需要拡大や給付金目当ての新規参入により、事業所数がこの5年で約2割増加しました。一方で監督する自治体側の人員体制はこの増加ペースに追いついておらず、運営指導の実施率は全国平均でわずか16.3%、目標の33%を達成できたのは129自治体のうち17県市にとどまりました。新潟市や神奈川県、東京都のように実施率が1%にも満たない自治体も存在し、監視の空白が固定化しつつあります。
この空白と並行して不正受給は着実に増えており、2024年度単年度で32億円超、直近5年間で約80億円、処分件数は936件と、いずれも増加傾向です。手口も職員配置の水増しや書類偽造、利用者の架空計上といった従来型のものから、大阪の絆HD事件のように加算制度の構造そのものを突いた巧妙な手法まで多様化しています。
障害福祉サービスは、障害のある人やその家族が地域で安心して暮らし、働き、学ぶための基盤であり、その原資は税金と保険料でまかなわれています。運営指導という監視の網が機能しなければ、不正が発覚しないまま制度の信頼性が損なわれかねません。今後は、自治体の人員体制の強化、書面検査などを組み合わせた効率的な指導手法の確立、そして必要に応じた指定基準の見直しが、どこまで実効性を持って進むかが焦点になります。指導強化や報酬改定による経営環境の変化が、正当に運営している事業所の経営を圧迫し、利用者へのサービス提供に支障をきたすことがあってはなりません。不正を働く一部の事業者を確実に排除しつつ、大多数の適正な事業者が安定してサービスを提供し続けられる環境をどう両立させるかが、これからの制度運用に問われています。
利用者やその家族の視点に立てば、事業所選びのときに運営指導の実施状況や過去の処分歴を確認できるかどうかは、サービスの質を見極めるうえで重要な材料になります。特に放課後等デイサービスのように子どもが日常的に通う施設では、保護者が事業所の実態を把握しにくい構造的な弱さがあり、行政による監視が手薄なままでは情報の非対称性が埋まらず、不正の温床が放置される懸念が残ります。今回の報道で自治体ごとの実施率が公開されたこと自体、該当する自治体に体制強化を促す圧力になるとともに、住民や利用者家族が自分たちの地域の状況を知る手がかりにもなります。運営指導の実施率向上と不正受給の抑止は、障害福祉サービス全体の信頼性を左右する重要な課題として、今後も注視していく必要があります。








