仕事を失って収入がゼロになった32歳の男性が、障害年金からも生活保護からも対象外と判断されたのは、医師の診断を受けておらず、かつ働く能力があると見なされたためです。ファイナンシャルプランナーへの相談記録として紹介されたこのケースは、システムエンジニアとして会社員生活を送っていた男性が、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにリモートワークへ移行し、そこから仕事を溜め込むようになって退職、フリーランスとしても続かず無職に至った経緯を追ったものです。貯蓄が60万円まで減り、月13万円の支出をまかなえなくなった段階で公的な支援制度を頼ろうとしましたが、いずれの窓口でも要件を満たしていないと告げられました。この記事では、なぜ両制度から対象外とされたのか、その後どのような選択肢が残されていたのかを、制度の要件と合わせて整理します。

32歳・元システムエンジニアの男性が貯蓄60万円まで追い詰められた経緯
相談者は32歳の男性で、記事内では仮名の伊藤翔太さんとして紹介されています。一人暮らしをしており、貯蓄は約60万円、月の支出は生活費8万円と住居費5万円を合わせて13万円ほどでした。収入はゼロの状態が続いており、このままでは数カ月で貯蓄が底を尽きる計算になっていました。
大学卒業後、翔太さんはシステム関連の会社に就職し、システムエンジニアとして残業の多い会社員生活を送っていました。転機は新型コロナウイルスの感染拡大です。業務が全面的にリモートワークへ切り替わり、自宅のパソコンに一人で向かう生活が始まりました。最初のうちは在宅でも仕事を続けられていたものの、少しずつ業務を溜め込むようになり、ネットサーフィンをしているうちに納期が迫って徹夜で仕上げる日々に変わっていきます。ミスも増え、職場の信頼を失った翔太さんは、気まずさから会社を辞め、フリーランスとして業務委託の形で働く道を選びました。
フリーランスになってからも状況は好転しませんでした。かつての職場のつながりで仕事をもらえていた期間はよかったものの、そこでも納期を守れず、依頼は徐々に途絶えます。収入がなくなった翔太さんは元同僚や学生時代の友人との関わりを避けるようになり、一人暮らしの生活リズムは昼夜逆転へと崩れていきました。
障害年金の相談で分かったのは、受診歴がなく申請自体が成立しない現実
追い詰められた翔太さんが最初に頼ったのは障害年金でした。ファイナンシャルプランナーに「仕事が入らなくなってしまい、生活が苦しいんです。障害年金をもらえないかと思いまして」と切り出したところ、返ってきたのは「障害のために仕事ができないのであれば受給できる場合もありますが、どのような障害があるのですか。クリニックは受診していますか」という問いでした。翔太さんはこれに首を振るだけで、医療機関を受診しておらず、障害の診断も受けていませんでした。
障害年金は、病気やケガで生活や仕事に支障が出た場合に支給される公的年金制度で、うつ病や適応障害といった精神疾患も対象に含まれます。ただし受給には初診日要件、保険料納付要件、障害等級の認定という条件を満たす必要があります。初診日要件は、公的年金に加入している期間中に対象の傷病で初めて医師の診察を受けた日を特定できることを指し、保険料納付要件は原則として初診日の前日時点で納付すべき期間の3分の2以上を納めていることを指します。障害等級の認定は、障害認定日において障害の状態が等級表の1級または2級、厚生年金なら3級までに該当していると判断されることです。
翔太さんの場合、医療機関を受診していないため初診日を特定できず、申請に必須の診断書も存在しません。この時点で障害年金の申請そのものが成立しないことになります。仕事への意欲が湧かない、人付き合いが苦手、昼夜逆転している、こうした状態は本人にとってつらいものであっても、それだけでは制度上の障害とは認定されません。
生活保護の相談では両親への扶養照会と就労指導が先に来ると告げられた
障害年金が難しいと分かった翔太さんは、続けて生活保護について尋ねました。「では、生活保護ならもらえますか。収入がなくて、生活に困っているんです」という問いに対する回答は、「生活保護の申請に行くと、まずはご両親の援助が受けられないか確認されることになるでしょう。もっともその前に、仕事をするように言われるのではないでしょうか」というものでした。
この回答には、生活保護制度を支える二つの原則が反映されています。ひとつは親族に援助の可否を確認する扶養照会、もうひとつは働く能力がある人に求職活動を求める稼働能力の活用です。翔太さんの両親はともに存命で、父親は64歳の契約社員、母親は62歳のパート勤務であり、実家は戸建ての持ち家でした。福祉事務所が扶養照会を行えば、両親に一定の経済的余力があると判断される可能性は十分にあります。
扶養照会は親族が援助を断っても不支給理由には直結しない
扶養照会が行われることと、実際に生活保護を受給できるかどうかは、制度上は別の話です。生活保護法上、扶養は保護に優先する事項として位置づけられていますが、絶対的な受給要件ではありません。親族から援助を受けられなかったり、援助自体を拒否されたりしても、それだけで不支給になるわけではないとされています。
とはいえ実務上は、親に連絡が行くことを避けたいという理由で申請をためらう人が少なくありません。こうした事情を踏まえ、近年は扶養照会の運用が見直され、申請者本人が拒否の意思を示した場合の配慮が進められてきました。翔太さんのケースでファイナンシャルプランナーが最初に提示した助言が「まずは実家に戻り、両親と同居する」というものだったのは、扶養照会の結果を待つまでもなく、家族による支援が現実的な選択肢として存在していたことによるものです。
生活保護の補足性原理は働く能力がある人に求職活動を求める
生活保護制度には、利用できる資産や能力をすべて活用したうえでなお生活が成り立たない人を支えるという補足性の原理があります。この能力には働く能力、すなわち稼働能力も含まれます。働くことが可能な年齢や健康状態にある人は、まずハローワークなどの職業紹介サービスを利用して求職活動を行うことが求められ、生活保護を受給しながらであっても求職活動の継続が条件になるのが一般的です。
翔太さんにはシステムエンジニアとしての実務経験とプログラミング技術があり、32歳という年齢を踏まえれば、医学的に働けない状態にあると客観的に認定するのは難しい状況でした。ファイナンシャルプランナーが「仕事をするように言われるのではないでしょうか」と述べたのは、この稼働能力活用の原則を踏まえたものです。障害年金は病気やケガで労働能力が低下した人を支える保険制度、生活保護は利用できる手段をすべて活用してもなお最低限度の生活を維持できない人を支える最終的な制度であり、両者は目的も要件も異なります。診断がなく稼働能力があるとみなされる無職の若い男性は、この両方の要件のいずれにも当てはまりにくい構造に置かれていました。
障害基礎年金の不支給率は12.5%、精神・発達障害は前年比で倍増した
仮に翔太さんが医療機関を受診して診断を受けたとしても、審査を通過できるとは限りません。厚生労働省年金局が公表した障害年金の認定状況に関する調査報告によれば、障害基礎年金の不支給率は12.5%程度で推移しており、申請のおよそ8件に1件が不支給となっている計算です。不支給と判断される人数は近年増加傾向にあり、ある年には約3万人が不支給とされ、これは前年の2倍以上、統計公表が始まって以降で最多の水準だったと報告されています。精神障害や発達障害を理由とする申請に限ると、不支給率は前年比で倍増したとする調査結果もあります。
不支給や却下の主な理由は、症状の程度が障害等級の基準に達していないという判断のほか、保険料の納付要件を満たしていない、初診日を客観的に証明できないといった手続き面の不備です。病歴・就労状況等申立書の記載が具体性に欠けていたり、カルテなど医療記録との整合性が取れていなかったりする場合も不利に働きやすくなります。パーソナリティ障害や神経症のように、原則として対象外とされる診断名も存在します。翔太さんのように受診歴も診断名もない段階は、こうした審査の土俵にすら上がれていない状態であり、医療機関にかかること自体が制度を利用するための最初のステップになります。
コロナ禍のリモートワークをきっかけにひきこもりへ至った人は5人に1人
翔太さんのつまずきの発端は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うリモートワークへの切り替えでした。内閣府が2022年11月に実施した調査によれば、15歳から64歳までの年齢層のうち約2%にあたる推計146万人がひきこもり状態にあるとされています。年齢層によってきっかけは異なり、40歳から69歳では退職したことが44.5%と最も多く、次いで新型コロナウイルス感染症が流行したことが20.6%、病気が16.8%、人間関係がうまくいかなかったことが11.6%と続きます。全体で見ると、5人に1人がコロナ禍の影響をひきこもりのきっかけとして挙げていることになります。
リモートワークは対人関係が苦手な人にとって働きやすい環境になり得るとの期待も語られてきました。翔太さんを担当したファイナンシャルプランナー自身も、リモートでできるシステム開発やパソコン入力の仕事がひきこもり問題の解決策になり得るのではないかと講演会で紹介したことがあったといいます。しかし翔太さんの事例が示すとおり、現実はそう単純ではありません。リモートワークであっても仕事の多くはチームでの連携を前提としており、一人で完結する業務は限られます。メンバーに迷惑をかけてはいけないという意識が仕事へのモチベーションや責任感の源泉になっている面が大きく、対人関係を避けて一人で完結させようとするほど、かえって納期遅延やミスにつながりやすくなるという逆説がそこにはあります。
ファイナンシャルプランナーが提案したのは実家同居とサポステ利用と仕事の幅を広げること
障害年金にも生活保護にも頼れないと分かった翔太さんに対し、ファイナンシャルプランナーは生活の立て直しから始めることを提案しました。まず挙げたのは、一人暮らしをやめて実家に戻り、両親と同居することです。収入が途絶えてからは空腹になればコンビニへ行き、眠くなれば寝るという生活リズムが崩壊した状態になっており、生活のペースを取り戻さなければ在宅の仕事さえこなすのは難しい状況でした。同居によって家賃などの支出を抑えられる効果も見込めます。
次に挙げたのは、地域若者サポートステーション、通称サポステの利用です。サポステは働くことに悩みを抱える15歳から49歳までの若者を対象に、社会的自立や職業的自立に向けた支援を行う公的機関で、全国177カ所に設置されています。求人への応募をいきなり斡旋するのではなく、相談やコミュニケーション講座、職場体験、就職後の定着支援まで段階を踏んだサポートを受けられる点が特徴です。共同作業を続けることで、仲間に迷惑をかけたくないという意識が芽生え、それが仕事に対する責任感の土台になっていくとされています。
もう一つ挙げたのは、システム開発という専門分野にこだわらず、仕事の幅を広げることです。プログラミングという専門技術は単純作業に比べて高い収入を得られる可能性がある分野ですが、それに固執して仕事ができない状態が続くのであれば本末転倒です。まずは賃金が低くても続けられる仕事から始め、そこから自立への足がかりを作っていくことが現実的だとされました。
半年後の報告は実家同居が実現し、就労は未達成の半歩前進
翔太さんはこれらの助言を受けて半年後、担当のファイナンシャルプランナーに近況を報告しています。内容は半歩前進と評されるものでした。実家に戻り両親と同居する生活は実現できており、両親は突然の出戻りに驚きながらも、息子の立ち直りに協力する姿勢を見せているといいます。ただし肝心の就労には至っておらず、現状では両親に生活を支えてもらっている状態が続いていました。貯金を取り崩さずに済んだこと自体は前進ですが、しわ寄せは64歳の父親と62歳の母親に向かっています。父親は定年退職後の契約社員として働いており近く年金生活に入る見通しで、母親もパート勤務を続けているもののいつまで働けるかは不透明です。
それでも変化の兆しはあります。翔太さんは地元のNPO法人が運営する「大人の居場所」に参加し、活動メンバーとしてイベント運営のボランティアに携わるようになったといいます。就労し自立した生活を送るまでにはまだ時間がかかりそうですが、他者との関わりを避けていた状態から一歩踏み出し、共同作業の場に身を置き始めたこと自体に意味があるといえるでしょう。
同居の長期化は8050問題につながるリスクをはらむ
実家に戻り両親と同居するという選択は、生活の立て直しには有効な一方、長期化すれば新たなリスクを生みます。成人した子が働かずに親と同居し、経済的に依存し続ける状態はパラサイトシングルと呼ばれ、30歳代で約320万人、40歳代で約80万人にのぼるとされ、いずれの年代も男性の方が多いと報告されています。40代・50代の未婚者で親と同居している人数は、1995年時点の112.6万人から2010年には263.5万人へと増加したというデータもあります。
| 年代 | パラサイトシングルの人数 |
|---|---|
| 30歳代 | 約320万人 |
| 40歳代 | 約80万人 |
この状態が本人と親ともに高齢化しながら固定化すると、8050問題に発展するおそれがあります。8050問題とは、80代の親が50代の子の生活を経済的・精神的に支え続けることで、親子ともに社会的に孤立し困窮していく問題です。中高年のひきこもりは61万人以上と推計されており、50代の未婚・無職で親と同居する男性の比率が一定の水準を超える都道府県の数は、2005年の2県から2015年には16県へと増加したとの調査結果もあります。
翔太さんの場合、父親は64歳で近く年金生活に入る見通し、母親は62歳でパート勤務という状況にあり、8050問題の予備軍とも言える年齢構成です。実家への同居はあくまで生活リズムを立て直すための一時的な措置であり、就労や社会参加という次のステップに進めるかどうかが、8050問題化を防げるかどうかの分かれ目になります。
フリーランスの収入の途絶えやすさが貯蓄60万円まで追い込んだ一因
翔太さんが会社を退職した後に選んだフリーランスという働き方自体にも、収入が途絶えやすい構造的なリスクがあります。会社員であれば有給休暇や傷病手当金といった保障がありますが、フリーランスにはそうした制度がなく、案件が終了すれば収入は即座にゼロになります。フリーランスエンジニアの間では、案件が2カ月途切れて貯金を取り崩した、予算縮小で契約が突然打ち切られ翌月から無収入になったといった経験が語られており、生活防衛のためには最低でも半年分、場合によっては1年分の生活費を貯蓄しておくことが望ましいとされています。中小企業庁のデータでも、開業から5年以内に廃業するフリーランスは少なくないとされ、働き方としてそもそも不安定な面を持ちます。翔太さんの場合、納期遅延という本人側の要因に加え、フリーランスという働き方そのものが持つ収入の不安定性が重なり、貯蓄60万円という限界まで追い込まれる展開につながったと考えられます。
生活困窮者自立支援制度は障害年金と生活保護の間を埋める制度
障害年金の受給要件を満たさず、生活保護についても稼働能力の活用や扶養照会の壁に直面する人のために、国は生活保護に至る前段階の支援策として生活困窮者自立支援制度を用意しています。これは生活に困っている人が生活保護に頼らずに自立できるよう、生活保護の受給に至る前の段階で利用できる公的な支援制度です。
この制度の柱のひとつが就労準備支援事業で、直ちに一般就労に就くことが難しい人を対象に、生活リズムを整える日常生活面の自立、対人関係や社会参加の訓練を行う社会生活面の自立、実際の就労体験や職業訓練を行う就労面の自立という段階を、有期のプログラムとして提供する仕組みになっています。これは、ファイナンシャルプランナーが翔太さんに提案した実家での生活リズムの立て直し、サポステでの共同作業、無理なくできる仕事から始めるという助言の内容と重なる部分でもあります。
生活保護の申請が却下されたり受給が廃止になったりした人に対しても、必要に応じてこの生活困窮者自立支援制度による継続的な支援が行われる仕組みが整えられており、生活保護制度と連携して機能しています。障害年金にも生活保護にも該当しないと分かった時点で相談を終えてしまうのではなく、自治体の福祉事務所や生活困窮者自立相談支援機関に相談することで、就労に向けた具体的な支援につながる可能性があります。
本人が動けないときはひきこもり地域支援センターへの家族相談も使える
翔太さんのケースはファイナンシャルプランナーへの相談でしたが、ひきこもりや無職の状態が長引く場合、本人だけでなく家族が先に相談することも一つの手段になります。厚生労働省は都道府県・指定都市にひきこもり地域支援センターを設置しており、社会福祉士や精神保健福祉士、臨床心理士などがコーディネーターとなって、本人や家族それぞれの状況に応じた支援計画の作成、日常生活の自立に向けた助言、就労訓練に関する情報提供などを行っています。家族だけで受けられる相談枠や、家族向けの学習会、当事者同士の交流の場を設けている自治体もあります。
民間の当事者組織としては、特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会が全国的な活動を行っており、家族会のネットワークを通じた情報交換や、本人の生活設計を段階的に考えるためのプログラムなども提供されています。制度の対象外と一度言われたとしても、それで支援の道が完全に閉ざされるわけではなく、家族会や地域支援センター、ハローワークの職業相談など複数の窓口を組み合わせることで、翔太さんのケースのように半歩前進を積み重ねていく余地は残されています。
働けない状態と制度上の要件との間には大きな距離がある
この事例からは、働けないという状態と、制度上の障害や要保護状態との間に大きな距離があることが分かります。仕事への意欲が湧かない、対人関係を避けてしまう、生活リズムが崩れている、こうした状態は本人にとって深刻な苦しみであっても、医学的な診断や、資産・扶養・稼働能力の活用要件といった制度上の物差しに照らすと、必ずしも障害年金や生活保護の対象とは判定されません。診断を受けていない、若く健康で稼働能力があるとみなされる、親族に一定の経済力がある、こうした条件が重なると、いずれの制度からも対象外とされやすいことが、この30代無職男性の事例から見て取れます。
重要なのは、対象外という結論が出た後にどうするかです。翔太さんのケースでは、制度に頼れないと分かった時点で、実家への一時的な依存、公的な就労支援機関の活用、仕事内容へのこだわりを手放すという現実的な再建プランが示されました。半年で完全な自立には至っていないものの、生活リズムの立て直しと他者との関わりを取り戻す小さな一歩が確認できたことから、無職やひきこもり状態からの回復には時間がかかっても、それが不可能ではないと言えるでしょう。
コロナ禍を経て、リモートワークから孤立、そして無職・ひきこもり状態に陥るという道筋は、翔太さん一人に限った特殊な事情ではなく、内閣府の調査結果からも確認できるとおり、一定数の人に共通して起こり得る現象です。障害年金や生活保護といった公的な最終セーフティネットに頼れない場合でも、地域若者サポートステーションやNPO法人の居場所支援など、就労や社会参加を段階的に後押しする資源があります。制度の要件に当てはまらないからといって支援の選択肢がなくなるわけではありません。むしろそうした制度の狭間にこそ、地域の就労支援機関や家族の協力を組み合わせた個別の再建プロセスが必要になるのではないでしょうか。








